『怪類憐れみの令』―――この法律がカルドスレイ帝国の辺境二ブスレイの町に発布される一年前。
民から大量に奪い取った税金によって綺羅びやかに飾られた王の執務室でのこと。
始まりは皇帝ガリウス・カルドスレイがこんなことを大臣に漏らしたのがきっかけだった。
「ポポポ。
奴らは生きておるだけで疎まれ、殺され、追放されてしまう」
肥え太った二重あごの上、たらこ唇がフガフガと音を鳴らした。
王冠を被った豚。この敬称がこれほど似合う男はいなかった。
隣で肩を揉んでいた大臣が冷や汗を掻きながら、ガリウスの言葉にうめき声をあげる。
「はっ、しかし陛下。モンスターは男や子供は喰らい、女は犯し孕ませる、人類の天敵ですぞ」
「ポフー、そなたは全く何もわかっておらぬなー」
ガリウスは心底人を苛立たせるような侮蔑の表情を浮かべる。
大臣は心の中でこの皇帝を何度も殺しながら、我慢して次の言葉を待った。
「モンスターが人を襲うのは自然の摂理じゃろう。奴らも食って寝て繁殖せねばなるまい。
それを否定するのはあまりに可哀想ではないか。んー?」
(ったく。どうせたった今思いついただけの愚策だろうに……)
しかし大臣は声には出さない。
当たり前だがそんなことを言った日には間違いなく首が飛ぶ。一族郎党皆殺しだ。
「プヒー、モンスターにまで憐れんでやる朕って格好いいか? イケメンか? 最高か? ポヒヒヒヒ!」
「……え、ええ。陛下はいつもイケメンですぞ! 世界中の女たちが、陛下に一度でもいいから抱かれたいと、
常日頃から股を濡らしておると、もっぱらの噂にございます!」
「ポふふふ。もっと言え。もっと言って。朕を褒めて〜。ああっ、朕を敬い土下座する民の姿が目に浮かぶようじゃ」
(愚王が……。一揆や反乱があちこちで起こってんじゃねぇか。それでよくそんなことが言えたものだ)
大臣は額中に青筋を浮かべ、この王の言動に対して怒鳴ってしまうのを堪える。
そしてその一瞬の間に帝国を恐怖のどん底に貶めるような、
凶悪な法律をガリウスが思いつくのをこの大臣は防げなかった。
「決めたぞ、大臣!」
「え、ええ? 何をでございますか!?」
「これより帝国全土に生類憐れみの令……、いや『怪類憐れみの令』を出す」
「怪類憐れみの令……。なんですか、それは?」
「プフフ。これはのー、モンスターを帝国で保護、人間との共存をはかるという前代未聞の大プロジェクトなのだ!」
「な、なんですと!? モンスターと共存!?」
「うむ。これより人間は一切モンスターに手出しならぬ! という法律じゃ。
もしも傷つけたり、ましてや殺してしまった者は死刑とする!」
「し、死刑!?」
大臣はもはや開いた口が塞がらなかった。
この王はもうダメだ。
そう確信させるのには十分な発案だった。
「ポププ。良い法律じゃろう。我が帝国軍兵士にもこのことを徹底させよ。
モンスターを殺してはならぬ。群れを発見しても追い払ってはならぬ、とな!」
「で、では、町の守備は! もしもモンスターが町へやってきた場合は!?」
「入れてやればいい。人とモンスターは共存するのじゃ。
あっ、そう言えばモンスター討伐専門のギルド……なんといったかの。
そうじゃ。『魔狩りの鷹』は国外へ早う追放せよ。ブルルル。不愉快じゃ、あのような血生臭い連中は!」
「そ、そんな! あのギルドは民にも非常に慕われており、帝国にとってなくてはならぬ―――」
「ポヒ? なに、お前。朕に逆らうの?」
「………………」
王の一睨みによって大臣は黙るしかなくなった。
しかし、こんな愚劣な法律を世に出すわけにはいかない。もし実現すれば、いずれ帝国は滅んでしまうだろう。ましてや、
魔狩りの鷹までいないとなれば……。
いずれ滅ぶ国だ、少しでも民の犠牲を少なくしたかった。
「で、では、陛下。モンスターに喰われそうになった男はどうすれば?」
「逃げればよい」
「犯されそうになった女は?」
「ポフフフフフフ! むしろ犯されてやるがいい。
帝国内のモンスターはどんどんその数を減らしておる。丈夫な子を産んでやるのじゃ」
ガリウスは愉快そうに笑った。モンスターと人との交尾に興味をそそられたのか、手を叩いて喜んでいる。
「モンスターは繁殖能力が高い。
たくさんの子をメスに産ませるため、受精確率も高く、胎児の成長も人間の何倍もの速度じゃ。
魔物の生殖には朕も前々から興味があった。どんな子が生まれるのか大変興味深いの〜。プヒヒヒヒヒ!」
「……陛下は帝国をモンスターの生殖を見るための実験場になさるおつもりなのですか?」
大臣は自分の死を賭して、皇帝の暴挙を止めるため、諫言しようと目に力を込める。
怒れる大臣の気持ちを理解したのか、王が面白そうに眉を上げた。
「ん? 大臣、怒っておるの〜。プルル、怖い怖い。
まぁ、そなたの杞憂もわかる。いきなり魔物と共存と申しても、民は困惑するからの」
「っ! そっ、そうですとも陛下! さすがはカルドスレイの歴史で一番の賢帝!」
良かった。この暗愚な男にも一抹の良心があったのか。
盛んにおべっかをこく大臣。王はおだてられて肥え太った腹をさらに歪ませて陽気になる。
「ポピピー! もっとほめるが良いぞ!」
「で、では。この法律案は先送りに……」
「―――どあほう! 何を申しておる。今すぐやるに決まっておるだろう!」
「え? でも先程は……」
「いきなり帝国全土で法律を施行するのは、手続き上難しい。
本当は朕が強行することもできるが、領主らと相談せねば元老院がうるさいからの〜。
だからまずは試験的に二ブスレイの町だけに限定して法律を施行する。
ニブスレイは元々モンスター達を追い出して入植した土地。あたりはモンスターだらけであろう。
まずはその可哀想なモンスター達に謝罪する意味も込めて、ニブスレイを自由にさせてやるのだ。
町の兵士達は住人を一人も外に出さないことだけ考えればよい。
外からやってくるモンスターは丁重に防壁の中へ入れてやれ。
これで町の民は否応なくモンスターとの共同生活をするしかなくなる。
朕の愛あふれる理想の町の完成じゃ! ポヒヒヒヒヒヒ!!」
大臣は絶望によって真っ暗になる視界の中、この帝国をどうやって打ち倒すかを考えていた。
(もうこの王には付き合ってられん。せめてもの希望は戦乙女の降臨か……)
―――帝国の戦乙女。
それは有史以前から帝国に伝わっていた伝説だ。
『民に災い振りかかるとき、異世界から少女舞い降り、民たちを救いたもう』
というものがあるのだ。
(いや、そのような非現実的な救いではだめだ。こうなってはリーゼロッテの解放軍しか頼れる者がいない。
あの高潔な魂の女ならば、きっとこの王の愚策を放ってはおかんだろう。
あとで密かに書状をしたためておこう。
敵である我が身が、勝手を言っているのはわかる。
だが、―――どうかニブスレイの民達を、モンスターの毒牙から救ってやってくれ!)
第二話へ続く
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