何の問題もない、うん、何の問題もない。
男女の営みなら、しっかりと勉強をした。
イカせる練習も、イカされない訓練も積んだ。
サキュバス、インプといった性技に長けた召喚獣とも契約をした。
淫魔王との戦いに備えての私の行動に、何一つ問題は無いと断言できる。
しかし……
「待たせたな、淫魔王特製の親子丼だ。これを喰らい舌鼓を打つがいい」
なぜ、私はよくある大衆食堂のテーブルに座っているのだろうか?
なぜ、目の前で、鳥肉と卵の親子丼が香ばしい匂いと共に湯気をたてているのだろうか?
なぜ、淫魔王は厨房で鍋を振るい、包丁を握っているのだろうか?
「うきゃああああああああぁぁぁぁぁーーー……!!」
「あっ!? 待て貴様、一口も食わずに席を立つとはどういう了見だ!?」
これは戦略的撤退である。
誰が何を言おうとも、戦略的撤退であると断言しよう。
兵法書には『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』と書かれてあった。
つまり、正体不明の敵に無策で戦うのは危険すぎるということだ。
そう、だから今ここで食堂を飛び出し(親子丼の代金は置いていきました)
淫魔王の情報を得るために、聞き込みをすることは、
戦略的撤退と呼ぶにふさわしい行動である。
「では、私から自己紹介をしましょう。
カルレーナ=シルヴィアといいます。このレストラン『シルヴィア』の店長です」
「美人看板娘のアリウスだよ。よろしくね」
「ミリィ=ラビット。食材調達をやっているわ」
「もう一人、ランスという人がいますが、彼女は今出かけています」
おかしい……なぜ私はこんな寂れたレストランの従業員と話をしているのだろう?
たしか、淫魔王と戦っている人たちの噂を聞いて、ここに来たハズなのに。
「……って、4人だけなの? こんなにだだっ広い敷地のあるレストランなのに?」
そう言うと、レストランの3人は急にしおらしくなる。
「寂れたのよ……昔はもっと賑やかだったけれど、淫魔王が来たから」
「いや、なんで淫魔王が来るとレストランが寂れるのよ」
「「「えっ?」」」
「えっ?」
私は変なこと言ってない筈。
なぜ『何を言っているのだコイツは』とでも言いたげな表情をされるのだろう?
「淫魔王の話よね?」
「その言葉、そっくりそのまま貴女に返すわ」
ミリィとかいうのに睨まれた……理不尽だ。
「まあまあ、ミリィもそんなに睨んじゃダメだって。
そんな事より、この人の自己紹介が先だよ」
「私の名はキィー=バニッシュ。ある世界から、この世界を救いに来た、大魔導士よ」
「いや、なんで大魔道士が淫魔王を倒そうとするのよ」
「えっ?」
「「「えっ?」」」
「あの……仮に淫魔王を倒したとして、
それが世界を救うことにどう繋がるのでしょうか?」
「えっ?」
「「「えっ?」」」
おかしい、さっきから話が噛み合わない。
と言うよりも、脳が理解したくないと叫んでいると表現したほうが正しいのかもしれない。
そう言えば、私がまだガキだった頃、テストに備え、徹夜で英語の勉強をした事があった。
もっとも、翌日のテストは数学だったが。
おかしい、なぜ私はこんなどうでもいい事を思い出すのだろうか?
「ねぇミリィ、さっきから色々とおかしい気がするのはアリウスの気のせいかな?」
「昔、テスト前に勉強してくる科目を間違えてたアホがいたけど、
ちょうどこんな顔をしていたわ」
「あの、もしかすると淫魔王を他の誰かと勘違いをされているのではないでしょうか?」
いけない、こんな所で呆けていても何の解決にもならない。
この際、恥を捨てて教えを請おう。
そうだ『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』の精神だ。
「世界に異変を起こしている奴よね? 淫魔王は」
「そうね(外食産業の)世界に(ある意味)異変を起こしてると言えなくもないわね」
「性的な意味で」
「……何よそれ? どっから出たのその発想は」
……そこか、やはりそこか。
あまり考えたくはなかったが、どうやら私はやってしまったらしい。
「……ってなんでやねん!?」
……3時間にも及ぶ話し合いの結果、以下の8点が確認された。
1・キィー=バニッシュは別世界の人間である。
2・この世界の言語で『淫魔』とは『おいしい料理』を意味する。
3・事前調査で言語の齟齬を確認しなかったキィー=バニッシュは、
相当なうっかりさんである。
4・淫魔王は、そのあまりにも美味な料理でもって、世界中の料理店を潰し続けてきた。
5・ミリィ達は、どうにか淫魔王から『シルヴィア』を守りたい。
6・キィー=バニッシュは、夜の営みの技術を習得してきた。
7・しかし『美食食堂・淫魔王』も『シルヴィア』も、
いかがわしいサービスを提供していない。
8・よって、うっかり女キィー=バニッシュは、
完全なる役立たずであると言っても過言ではない。
「……って、アンタ何しにココに来たのよ!」
「んなもんコッチが聞きたいわよ!!
エロテク磨いて出発したら、待っていたのは料理屋のおやじってどういう状況なのよ!」
「まあまあ、ミリィもキィーさんも落ち着いて……」
「異世界から来た戦士とか聞いてちょっとでも期待した私がバカだったわ!
蓋を開けてみたら、単なるうっかりなエロ女じゃないの!」
「好きでエロ女になった訳じゃないし、好きでうっかりな訳でもないわよ!
私だって花も恥らう乙女……って年でもないけど、とにかく女の子なのよ!」
「あの……とにかく一度落ち着いて……」
「だいたい世界の平和を守るって何よ!?
厨二病? 子供番組の見すぎ? どっちみち笑えないわよ!」
「こちとら大真面目よ! 大真面目に世界の平和を守っているのよ!
わかったら崇め奉りなさい!」
「いまのギャグは面白かったわ。やればできるじゃないの」
「どういう意味よ!!」
「やる気!? 殴り合いなら負けないわよ、この自称大魔道士!!」
「あの……ちょっと……喧嘩は……」
「ルカ〜、もういっそ放っておいてご飯でも食べない?
今日の賄いはアリウスが作るからさ」
「はぁ……そうですね、もう少し冷静になるまで待ちましょう」
「くたばれこのエロうっかり女!!」
「やかましいこの情緒不安定女!!」
ガッシ! ボカッ! スイーツ(笑)
……さらに1時間後。
「「冷静になりました」」
「そうですか、では今後の対応を練りましょう」
「ええと……アリウス達の方針というか目標は『シルヴィア』の存続だよね」
「ええ、そうなるわね」
「それでこっちの目標は淫魔王を倒す事よ。
冷静になって考えたら、
淫魔王を倒しても倒さなくても世界は平和なような気がしたけど、
せっかくこの世界に来たのだから倒しておく事にするわ」
「あの、もののついでのような理由で倒してもよいのですか?」
「そうですよ、後で人違いでした、なんて事になったら笑えませんよ」
「『美食食堂・淫魔王』なんて看板を掲げている奴よ。
仮に人違いだったとしても、
間違えられる原因を作ったのは向こうだから大丈夫に違いないわ」
「ねぇミリィ、異世界の人ってみんなこうなのかな?」
「むしろこんな奴が世界の平和を守ってるほうがよっぽど異変ね」
「そこの2人、しっかりと聞こえているわよ」
「喧嘩はやめてください。それよりもどうやって淫魔王と戦いますか?
悔しいですが、料理の味も知名度も向こうが遥かに上回っています」
「簡単じゃない、淫魔王の脳天にフレイムボンバーを叩き込めば……」
「アリウス、警察を呼んできて」
「はいは〜い」
「いや、冗談よ。冗談だから待ちなさい」
「エロを磨く前に、常識を学んできなさいよ、まったく……」
「じゃあ今の案は最後の手段として……そうなると難しいわね。
正攻法では勝てない、だけど私にできるのは召喚魔法とエロ技くらい」
「何か一つでも向こうには無い売りがあるのであれば、
勝てないまでも廃業のという事態にはならないのですが……」
「ちょっとやそっとの事では無理でしょうね。淫魔王の料理はまさに魔性の味だった。
気をしっかりと持たないと、魂ごと堕とされるわ」
「えっ!? そんなに美味しいの?
惜しかったわね、さっき入店したときに食べておけば良かったわ」
「魂ごと堕とされるって言ってるでしょうが! 他人の話を聞け、このエロうっかり!!」
「アリウス達も色々と頑張ってみたんですけど、お客さんは減る一方なんですよ」
「本当に悔しいです。父上から譲り受けた店も、料理も、全く通用しないなんて……」
「ルカ! 諦めるのはまだ早いわ。
エロうっかりは何の役にも立たなかったけど、まだ何か方法はある筈よ」
「既に過去形!? いや、役に立つわよ私は。
そこまで期待されているのなら、役に立たない訳にはいかないじゃない」
「もう誰もエっかりには期待してないわよ」
「誰よエっかりって!?
いや、そんな事より真面目に考えないと神の戦士の面子が丸潰れだわ」
「神の戦士(笑)」
「いたたたたたた……」
「あの……他人の趣味にとやかく言うのもアレですが、
その自称だけはやめた方が良いと思いますよ」
「自称じゃないやい!」
それから1晩をかけて、私と3人の現地人達は淫魔王に一泡吹かせる方法を話し合った。
私がうっかりレストラン……つまり、ドジッ娘が接客をする飲食店という
前代未聞の構想を出せば。
「水やスープをかけられて喜ぶ客なんている訳無いでしょう。
漫画やアニメじゃあるまいし」
という誹謗中傷によって退けられた。
また、アリウスが。
「じゃあメイドレストランはどうですか? メイドさんが接客をするんですよ」
といった意見を出すと、
「ついこの間メイドカフェの老舗が倒産したばかりよ。
同じ方法では同じ末路を辿るのがオチよ」
という至極まっとうな指摘が入った。
そんな永遠に続くかと思われた会議も、
今から私の鶴の一声によって一気に終局を迎えることになる。
すなわち……
「ならばエロレストランでいきましょう」
「アリウス、警察を呼んで」
「はいは〜い」
「待ちなさい、今度は真面目な案だから最後まで聞きなさい」
「最後まで聞いてしょうもない案だったら本当に警察に突き出すわよ」
「望むところよ」
「アリウス、警察」
「いやどうしてそうなるのよ!」
「望むんでしょ?」
「誰が逮捕される方を望むか!!」
「3人とも喧嘩をしないでください。
少しでも『シルヴィア』を救う可能性のある案ならば聞くべきです」
「少しなんてものじゃないわ。この案ならば確実に淫魔王に勝てる!」
「具体的には?」
「5千円以上お買い上げのお客様にはディープキスのサービス。
1万円以上なら、手か口で抜いて差し上げる。
さらに3万円以上なら、本番で一発!!」
「アリアス、警察の方を呼んできてください。
いっそ一思いに逮捕された方がこの方の為です」
「はい店長」
「待ちなさいよ! いや、待って、お願い!!」
「アリウス、ルカも。もう少しだけ待って」
「ミリィ? どうしたのですか?」
「一理ある。と言うよりも、この位やらないと淫魔王相手に戦うのは不可能に近いわ」
「しかし、それでは私たちのほうが警察の方達に捕まってしまいます」
「風俗店の営業許可さえあれば、合法よ」
「そんな簡単な……」
「許可なら取れる。お役所の審査ははっきり言ってザルだもの」
「ミリィ、本気なの?」
「前々から考えてはいたわ。けど、どうしても言い出せなかったの」
重々しい沈黙が店を包んだ。
提案をしておいてアレだが、まさかミリィが賛同してくれるとは思わなかった。
ありがとうミリィ、さっきは情緒不安定なんて言ってごめんなさい。
フレイムボンバーを浴びせた事も謝るわ。
「じゃあアリウスも賛成。このまま黙って『シルヴィア』が潰れていくのは嫌だからね。
キスでもエッチでもどんとこーい!」
「ありがとうアリウス。それと、ごめんなさい。こんな事にまでつき合わせてしまって」
……っておーい!
なんかいつの間にかミリィが提案者みたいになっているじゃないの!
そんなのアリ!?
この卑怯者、隙を見てフレイムボンバー・ハリケーン・スペシャルを叩き込んでやる。
「ルカはどうする?エッチな事が嫌だったら、私とアリウスだけで対応するわ」
「いいえ、お2人だけに苦しいことをさせる訳にはいきません。
それに私には、先祖代々受け継いできた『シルヴィア』を守る義務があります。
たとえ、この身を穢すことになろうとも」
「そう、わかったわ。けど無理はしないでね。
店長兼シェフの貴女に倒れられたら、私やアリウスではどうにもできないから」
「わかっています。あくまで本命は料理。淫らな行為はデザートです」
デザート扱いなのか。
割と真面目に特訓してきたのだけどなぁ……
「キィー。本来無関係な貴女にこんな事を頼みたくはないけれど。
協力してもらえるかしら?」
「当然。ここで引いたら、神の戦士の名が廃るわ」
……自惚れる訳ではないけれど、格好良く決まった。
「神の戦士(笑)」
「流石に痛すぎるでしょ」
「あの、他人の趣味に……」
「もうええわっ!!」
……あれから2ヶ月。
私たちにとって苦難の日々が始まった。
天界で培ったエロ技術、知識、そして召喚獣達をフル回転させての奮闘であった。
しかしその奮闘も虚しく『シルヴィア』の客は日を追う毎に減少していった……
そしてついに、来客数0の日が1週間以上続くことになったある日。
私達4人は『美食食堂・淫魔王』にやって来ていた。
「こうなった仕方が無いわ、淫魔王の脳天にフレイムボンバーを叩き込みましょう」
「ええ、他に方法は無いわね」
「無茶だって、いくらなんでも無茶だって。警察に捕まるよ」
「「一発だけなら誤射かもしれないでしょ」」
「あら、ここにきて初めて意見が一致したわね、ミリィ」
「そうね、チャンスは一回。ぬかるんじゃないわよキィー」
「まかせなさい。最高の一撃を決めて見せるわ」
「いや駄目だって。ほら、ルカも何とか言ってよ」
「アリウスも元盗賊なら腹をくくってください。
そうですよ、私の『シルヴィア』を否定する人間は
みんな消し炭になってしまえばいいんです。
うふ、ふ、ふふ……うふふふふふ……」
「うわぁ……ルカが壊れた。もうどうにでもな〜れ」
「待たせたな、淫魔王特製のカツ丼、親子丼、ラーメン、そして焼きそばだ。
これを喰らい舌鼓を打つがいい」
……来た。
今日が自分の命日となる事も知らずに、ノコノコと料理を抱えた淫魔王がやって来た。
いける! 私は全身の魔力を右腕に集め、机の下に隠した愛用の杖に手を伸ばし……
「キィー! いけません、それだけは!」
集中が高まると、周りの雑音が一斉に遠のいていく。
そして鼻の辺りから、なんともいえない幸福感に溢れていく。
「ちょ!? キィー、あんたまさか!?」
なんだろうこの匂いは?
口元から涎が溢れていく……止められない。
肉の匂いと、卵の柔らかな彩りが、私の理性を粉砕していく……
「キィー! 洒落にならないよ。洒落にならないからそれは」
気がつけば杖を手放し、スプーンを握っている事に気がつく。
黄金のような光沢と、本能を直撃する芳香を併せ持つ親子丼をすくうと、
ゆっくりと、ゆっくりと、口に向かって運ばれていく……
「だから他人の話を聞けっていったのよ! このエっかり!!」
ぱくり
美味い。旨い。上手い。巧い。美味しい。美味だ。素晴らしい。口がとろける。
クセになる。総てが吹き飛ぶ。やめられない止まらない。
ああ駄目だ、この料理を表す言葉が見つからない。
だがしかし、たとえ私の生涯と引き換えにしようとも、
もはやこの料理に勝る幸福は見つからない、見つかる筈も無い。
ああ、うまいうまいうまいうまい……
「キィー、あんた、救世主だったんでしょ……やられちゃ、ダメでしょ、救世主は……」
「あはは、ご……淫魔王さまぁ……もっと、もっと頂戴……」
それから先の事は、よく覚えていない。
気がついたら、私は『美食食堂・淫魔王』の店員として働き。
気がついたら、淫魔王が麻薬取締法違反の罪で逮捕・起訴され。
気がついたら『美食食堂・淫魔王』は消えてなくなり。
気がついたら、淫魔王は有罪判決を受けていた。
……そして、淫魔王が逮捕される何日か前に、ミリィ達3人が自殺をしていた事を知った。
結局、私はこの世界で、何の役にも立たなかったという事だ。
私の任務は成功したとはいえ(経緯はどうあれ、淫魔王を倒すという結果はあるため)
元の世界に戻るその足取りは、限りなく重かった……
そして、これも後から知ったことだが、
ミリィ達が逝った地獄では、さらにとんでもない事態が待ち受けていた。
もっとも、私がそれを知ったのは、後輩のエミュが地獄へと派遣された後であり、
もう私がどうこうするべき事態ではなくなっていた。
CE 完
CE2に続く